三雲岳斗 双葉社
「旧宮殿にて」が面白かったので、それより前本書が出ていたことを知ってすぐに購入した。
登場人物の説明が丁寧になされているので、どちらを先に読んでもわかるようになっている。私はむしろ先に短編集でキャラクターに馴染んでいたのでかえって楽だったかも知れない。
探偵役のレオナルド・ダ・ヴィンチが聖遺物とそれが置かれた城砦の謎を解き明かすのだが、仕掛けも大掛かりだし細かい部分も作り込まれていて読んでいて心地よい。登場させた人物や小道具などを全て綺麗に使い切っているところに作者の心意気を感じた。
本格ミステリとして完成度が高い上、キャラクターも魅力的なのでぜひ多くの方に読んで欲しい。
中に登場する固有名詞に関しての勘違いは、私自身も最近非常に近い仕掛けをしたことがあったので、その類似に少々驚きを感じる。私の作品の方が半年ほど発表が後なのでインスパイアされたと思われるかも知れないが、偶然の一致であることを明言しておく。
ISBN4-575-23481-8 ¥1500+税
太田忠司 中央公論社
作者の意図した通りに騙されるのはミステリを読む楽しみのひとつであるが、途中に提示されているヒントが少ないとそれも若干薄れてしまうことがある。
本書にも少々その傾向がないだろうか。前半の「懐古趣味的な」描写のあとの終章は、やはりどうしても違和感がつきまとってしまった。
「摩神尊」という名前を持つ「予告探偵」は、太田氏のキャラクターの中では特異な性格だろう。しかし、その傍若無人ぶりにも彼なりに筋が通っているところは著者の誠実さか。
しかし、太田作品以外にならそういった人物はすでに何人も登場しており、周辺を取り巻く人物設定にも残念ながら目新しい部分は見つけられなかった。
読み終わって、「なぜ今太田氏がこれを?」という疑問が湧いてしまったことは否めない。もちろん丁寧に描かれた面白い読み物であることは確かなだけにモヤモヤしたものが残る。
ISBN4-12-500924-4 ¥900+税
森博嗣 講談社ノベルス
ショートショート5編を含む短編集。哲学的な雰囲気のものやセンチメンタルなものなど、バラエティに富んでいるが、やはり一番のお楽しみは最初に収録されている「ラジオの似合う夜」とラストに置かれた西之園萌絵と叔母の佐々木睦子が登場する「刀之津診療所の怪」だろう。
「ラジオの似合う夜」には固有名詞が一切登場しないが、Vシリーズの読者にはすぐに誰だかわかる程度に説明がされており、その彼が語り手であるためにいつもならなかなか見られない内面を知ることの出来る貴重な作品となっている。
話そのものは、泡坂妻夫氏の傑作短編「紳士の園」(「煙の殺意」に収録)を思わせるものだった。このタイプの話は真相が大きければ大きいほどいいので、なるほどそのために海外を舞台にしたのかとひとり納得してしまった。
ISBN4-06-182466-X ¥880+税
島田荘司 東京創元社
本格ミステリを読む醍醐味は、およそ実行不可能と思われる謎を探偵役が鮮やかに解明するところにあると思っているが、本書はその謎が次から次へと畳みかけるように読者に提示され、ラストにそれが一気に説明される快感がある。
残念なことに説明されきれない描写などもあり、また、トリックそのものについても若干疑問に思う部分があったが、少なくとも読んでいる間にはそんなことを忘れさせるパワーを持った作品だと思う。
著者が後書きでも言っているように、ブロードウェイ黎明期の古き良きニューヨークの描写やセントラルパークの歴史など、観光している気分で楽しめる作品でもあった。
ISBN4-488-01207-8 ¥2857+税
倉知淳 講談社
ご存じ猫丸先輩の短編集。日常の謎系の作品が6編も収録されていて読み応えたっぷり。中でも一番のお気に入りは、猫丸先輩の…いや、作者の倉知淳氏の人の悪さ(褒めてるんですよ)が存分に発揮されている「とむらい自動車」だ。
ネタバレになるので詳しくは語らないが、ある意味叙述トリックであり、このシリーズを長く読んでいる読者を大いに不安にさせる仕掛けがほどこされている。
「子ねこを救え」と「魚か肉か食い物」は、そのままミステリ漫画に描き起こせそうな内容で微笑ましい。また、巻末に収録されている「夜の猫丸」は、プチホラーといった雰囲気でラストを飾っている。
講談社ノベルスでは、本書の前に「猫丸先輩の推測」が出ており、こちらも楽しいのだが、ファンとしてはそろそろ猫丸先輩に長編でも活躍して欲しいと願っている。
ISBN4-06-182446-5 ¥900+税
桐野夏生 文藝春秋
桐野夏生氏が最も得意とする、女性の内面を徹底的に追求した短編集である。怪作「グロテスク」で発揮された女の嫉妬心や理不尽な処遇への怒りの描写を凝縮したような作品も多く、短編集とは思えない濃厚さで読む者に迫ってくる。
ただ、そういう傾向の作品の中で表題作の「アンボス・ムンドス」は少々趣を変えている。女性が一人称で「作家」に語るという形式を取っているために、読み始めはやはり「グロテスク」のようなタイプの作品かと思われたが、ラストにいたってこれはある意味で本格ミステリなのだとわかった。
この本の帯には、「アンボス・ムンドス」に登場する恋人からの手紙の文面が一部引用されているのだが、その「一日前の地球の裏側で、あなたを待っています。」というところだけ読むと、昨今流行の悲恋ものだと読者をミスリードしているようにも見える。確かに悲恋ものではあるのだが、いわゆる「泣かせ」系だと思って読むと、作品の根底にある「悪意」に衝撃を受けるだろう。
傑作短編集である。
ISBN4-16-324380-1 ¥1300+税
三雲 岳斗 光文社
15世紀の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチを探偵役とした本格ミステリ短編集。パズラーの要素が満載で、安楽椅子探偵の様相も呈している。
中でも「二つの鍵」は、論理ミステリの手法をとった傑作である。モチーフに「箱と鍵」が使われているために、どことなく森博嗣氏の「封印再度」を彷彿とさせる。「封印再度」のトリックは、個人的に日本で最も美しいトリックの一つだと思っているのだが、開かない箱というものはなぜこんなにも魅力的なのだろうか。
探偵役のダ・ヴィンチが「美しい男」として描かれているのも楽しい。しかし、彼の容姿がビジュアルで確認できないのは小説である以上諦めるとして、作中に登場する絵画や小道具、トリックの説明などに図版の類が全くないのは残念である。
大変面白かったので、ぜひ、シリーズとして続刊を望む。
ISBN4-16-324380-1 ¥1300+税
東野圭吾 文藝春秋
久しぶりにカッチリとした本格ミステリを読んだ。実は前作の「探偵ガリレオ」は、正直に言ってあまり印象に残っていない。天才科学者が探偵役というのはツボのはずなのだが、どうしてあまり記憶にないのか不思議なところではある。
しかし、この作品はとても面白かった。斬新なトリックかと言われれば、もしかすると古典的とも言える手法なのかも知れないが、作者の誘致が巧妙なので綺麗に騙されてしまう。
一カ所、最終的などんでん返しにつながるのではないかと疑った部分があるのだが、それはどうやら本筋とは無関係だったようだ。ネタバレではないが、これから読む方に先入観を植え付けないように伏せ字にすることにする。(読みたい方はドラッグしてください)
靖子についての描写で、複数の登場人物が「あれだけの美貌」とか「美しい」という表現をしているのに、本人の台詞などでは「こんな中年の」とか「魅力的でもないのに」といったニュアンスの言葉が数カ所登場する。深読みしてしまうと、<靖子>として描かれている人物と事件の根幹に関わった女性は別人なのではないかと勘ぐってしまった。
結果的にそれは間違いだったのだが、女性の心理描写として若干整合性がとれていないような気がしたのは事実である。
だが、上記の部分は決してこの作品の疵ではない。前編通して非常にクリアで、かつフェアな本格ミステリである。
ISBN4-16-323860-3 ¥1600+税
歌野晶午 角川書店
これは…なんと言えばいいのだろう。途中まで考えたミステリのネタを別の構造に作り替えたものなのか、それとも最初から意図してこの構成にしてあるのか。どちらにしても、かなり勇気のある実験作と言えるかもしれない。
主人公の「引きこもり」や「オタク」ぶりの描写はかなり面白い。また、それとは真逆の方向にある都内のお洒落スポットやグルメについても書き込まれていて見事だと思うし、冒頭から散りばめられている細かい仕掛けにを見ても、この作品がよく作り込まれていることがわかる。
しかし、読み終えた今、今ひとつ釈然としないというか、この本を好きだという事に抵抗感を覚えるのは、私が古いタイプのミステリファンだからだろうか。
例えば、同様にオタクについての描写が細かい倉知淳氏の「壷中の天国」などでは、読後に一通りの説明が明確に描かれていて、非常にスッキリとした印象を受ける。しかしこの作品にはそういったカタルシスが感じられないのだ。
しかしむしろ、カタルシスを読者に与えないということこそが、作者の意図するものなのかもしれない。ある意味、時代の閉塞感を表現しているとも言えるだろう。
ISBN4-04-873628-0 ¥1600+税
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